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家族になろうよ

今週にはいってから、音楽シーン史にイナズマが走りましたな。クーデター、晴天の霹靂、雪が降る、地球滅亡、天変地異、いやそんなものではない、この宇宙に存在している全ての惑星が核爆発して消える様な出来事が起こったね。フッフッフ。

この世界には絶対にあり得ない物事がある。それは生物学的、天文学的、人類学的、物理学的、あらゆる学問にて実証されており、なおかつ世間一般にその学説が常識として捉えられているという物事だ。しかし、今回の様に、絶対にあり得ない、と信じ切っていた事象が発生するという奇跡もあるのだと、驚きのあまり瞳孔を大きく開いたまま、痛烈に実感したのだった。

人は何時の日か、その旅を終える日が来る。それは誰もが知りうる事だ。しかし、その人生の旅の中で通常の人なら誰しも持つ幾つかの通過点が、多い人もいれば、少ない人もいるし、全く通過点そのものが無いという人もいる。今回は、その通過点そのものが無い事を自らの人生としてきた者に、通過点を超越する事態に直面する時がやって来た、という事ではなかろうか。

人は、当たり前に思っている事や絶対だと思っている事に対して、強い信頼感を得る生き物だ。ゆえに、頑に信じていた"当たり前"や"絶対"が壊れた時、精神世界の崩壊が始まり、それは自己同一性をいとも容易く駆逐し、最後には理性をも奪ってしまう。人の"絶対"における過大な信頼が、皮肉にも自らの精神、そして肉体を傷つける事になってしまうのだ。

さて、"絶対"に対する過度の信頼、そして壊れた時の崩落を免れるにはどうすれば良いのか。これは自分以外の第三者に対して"絶対"を求めない事だと思う。自分以外の第三者は、仮にステレオタイプが構築されていて"絶対"のイメージがついている人だとしても、自分自身ではない訳だから、自分が思い描いた通りに行動をする訳が無い。それだけならまだしも、目を背けたくなる行動を取る時もあるかも知れない。そう、どれだけステレオタイプを何十年に渡って変わらずに、頑固に貫いている人だったとしても、自分の思い描いた通り、更にこの先何十年も変わらずにいてくれるだろうと思ったら大間違いだ、という事態さえ発生し得るのだ。だから、人に憧れるのは良い事だけれども、自分の価値観を憧れの対象に投影して"絶対"を強く信頼するのではなくて、自分自身に実直になって、自分だからこそ成し得る"絶対"を過大に信頼するべきだと思っている。自分を裏切る自分になるな、って事ですね。

秋は思慮深く物事を考えるに相応しい時期ですなあ。いろいろ考えちゃうよ!

by ochestraa442 | 2015-10-01 18:06 | other | Comments(0)